必見・夕暮れの陰陽部!【短編版】
「ぬう」
化け物が吉郎に視線をやる。
吉郎はそんな化け物に受けてたち、日本刀のような目尻を吊り上げる。
「この教室の生徒やったんやな」
「先生、大丈夫ですか?」
花子と晴也が、腰を抜かした神崎の腕を引き、早々と教室から抜けようとする。
「神崎を、おいていけ!」
化け物が吼える。
しかし、彼らを背にかばい、吉郎が化け物の前に立ち塞がる。
吉郎は作業着から呪符を取り出すや、俊敏にそれを化け物の額に貼り付ける。
「落ち着けや。
いじめられて、自殺したんやろ」
吉郎は無謀にも、この化け物を説得するつもりらしい。
「因果報応、あいつは憎まれて当然のゴミ屑教師や。けど、殺しても、お前の手が汚れるだけやで?
綺麗なお前の魂を、あんなゴミ屑教師のために汚して、地獄に送るつもりなんか?
得することの方が、少ないやろ」
説得しようとしているのか交渉しているのかよくわからぬことを言う吉郎だったが、怪物はそんな陰陽師になど構わず、
げしり、と吉郎の横腹を蹴り上げた。
「ぐえっ‼」
吉郎が間の抜けた悲鳴を出し、右の壁に激突するや、潰れた蛙のように床にのびた。
すかさず、怪物が爛れた赤に光る爪を振りかざす。
「あつつ」
腹を押さえながらも、吉郎は体勢を立て直して諸天救勅印を結び、降三世明王の真言を放つ。
「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・ハッタ!」
吉郎が手のひらを翳すと、刹那に、ほとばしる衝撃を受けて、怪物の爛れた肌の一部が吹き飛ぶ。
吉郎は直立し、内縛印、剣印、刀印、転法輪印、外五鈷印、諸天救勅印、外縛印を順に結び、
「ナウマクサンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタカンマン」
と、ながながと不動明王真言を唱える。
怨霊による障害を除け縛る、曰くの、霊縛法である。
「あぐ」
すると、効果覿面のようで、怪物はとたんにぴたりとも動かなくなった。
吉郎は床を蹴って怪物の前までゆき、
「なあ、あんた、聞こえとるか?」
と、なお問いかけた。
「あんたの恨みは承知や。
この世に残って、あいつにちょくちょく悪さするのだって、ぜんぜん責められることやないで。
でもな、殺してまったら、あんたもすっきりせんやろ」
吉郎は必死に、わずかにでも残った怪物のーーー女子生徒の怨霊の良心に語りかける。
「な?
そんなことしたら、あんたが損するだけや。
そんなことするよりも、あいつにとり憑いて、車のタイヤに穴開けるとか、机にコーヒーぶちまけるとか、
思う存分にいじめたれや。
そうすれば、あいつが苦しみ悩む姿だって、拝めるはずやで?」
復讐を否定してはならない。
吉郎はそんな考えだったのだろう。
生ける加害者より、死せる被害者を優先する。
それこそが、怨霊と退治する方士の心構えなのではないか、と。
普段はふざけ腐っているくせに、その時ばかりは、吉郎は本気になった。
しかし、
「ぶわばあああ!」
納得いかぬとばかりに、怪物が紅蓮の煙を吐き出した。
瞬間的に、しかも突如の出来事であった。
だが、そんな吉郎と煙を隔てたのは、どこからともなく飛来してきた、人の顔ほどもある紙であった。
吉郎は唇を噛み、だん、とそこから跳躍する。
そして呪符を取り出し、それを再び怪物の額に貼り付ける。
間も置かず、
「痛いけど、ごめんな」
例のように、吉郎の方が苦痛に顔を歪めて謝った。
そして、
「ーーー降伏‼」
と、燐光を発した呪符に、吠えた。