必見・夕暮れの陰陽部!【短編版】
小説や漫画においては、まさか、と思ったことに限って、そのまさかだったりする。
しかし、いくら人生は小説より奇なりといえど、現代は科学が支配する世である。
実現可能なものとそうでないものがあるのだ。
でも。
晴也はいささか興味を惹かれて、紙人形に触れようと試みた。
席を立ち、真後ろにある紙人形に手を伸ばそうとして、
「お待たせー」
部長が左腕に大量の書類が入ったファイル、右腕に菓子袋二つを抱えてやってきた。
「なーんや、後輩君。堅苦しく座って待っとらんでもよかったのに」
はっはっは、という明るい笑顔は、電光石化の速さで着席した晴也に注がれていた。
晴也は頬に冷や汗を垂らしながら、
(座ってなくてもよかったんかい)
と肩をすくめるのだった。
部長は書類を机上に置き、晴也の向かいの席で菓子の袋を両手でかかげて、
「なあ後輩君」
「あ、僕は黒田晴也っていいます」
「そうか。で、倉田君はチョコかしょっぱいスナック菓子か、どっちが好き?」
「先輩、倉田じゃないです。黒田です」
「ああ、覚えたでえ。黒田晴樹くんやな」
「晴也です、先輩」
「おっと、すまんなあ」
そこで部長は、胸元のポケットからメモ帳を取り出して、シャープペンで何かを記しだした。
「えっと、新入部員の、小豆島(しょうどしま)平八郎(へいはちろう)くん……っと」
「漢字一文字どころか平仮名さえ当たってねーよ!
つかどんだけ長い名前だよそれ!」
「あれ、大塩(おおしお)平八郎くんやったっけ?」
「黒田晴也ですよ、先輩。く、ろ、だ」
「黒田、なに?」
「は、る、やです」
「よし、今度こそ覚えたで。黒田ハルヤデスくんやな」
「もういいです……」
これではどこかの漫才芸人だ。
呆れてものも言えなくなった晴也は、「チョコが好きです」と机に伏せったまま呟いた。
「おう、チョコやな。実は俺も好みやねん」
言うやいなや、部長はばりばりと菓子袋の口を開けた。
基本は、どこの高校も原則、菓子の持ち込みは禁止されている。
されてはいるものの、ちゃっかり教師たちの間でも黙認されているので、みな堂々と昼休みに菓子を持参しているのだ。
チョコレートが浸透したクッキー菓子を机の中心へ移し、部長は面をずらし、口だけを露わにしてそれを頬張った。
見れば、程よく細くて形の良い顎である。
唇もすうっと薄く豊かな紅色だ。
おそらくはこの部長、人目を惹く容貌なのだろう。