ウェスターフィールド子爵の憂鬱な聖夜
その青年紳士が彼女の耳元でそっと囁いた。
「あなたのような方を、今まで知らなかったとは驚きですね。どちらから来られたんですか」
どちらからと言われても……。返事に困りはぐらかした。相手の身体が近過ぎるような気がする。
やっと曲が終わったのでほっとした。しきたり通りホールを一緒に半周して席に戻ろうとすると、子爵がこわい顔でこちらをにらんでいた。
ローズ達が近付くより先に彼が歩み寄ってくる。
無言で冷ややかにその青年を一瞥すると、彼女の手を取りあげた。相手は肩をすくめて立ち去っていった。
子爵はそのままダンスホールに再びローズを導いた。だが彼は内心の腹立ちを押さえ切れないようだった。
「まったく……何を考えてる? 君を仕込んだのは、あんな奴を喜ばせるためじゃないよ」
ローズはようやく体から力を抜いた。曲が始まると、子爵は音楽にのって巧みにリードする。
彼に寄りそい、やっと安心して身を任せることができた。