ウェスターフィールド子爵の憂鬱な聖夜
いっせいに皆が声の方に顔を向ける。ウィルソン夫人が安堵の表情を浮かべ、そちらにさっとかけ寄っていった。
人垣が分かれ、現れたのが他でもない、ダンバード侯爵令嬢レディ・アンナだとローズが知るまでに、そう時間はかからなかった。
アンナは子爵の姿を見つけると、相好をくずし、両手を前に突き出すようにしてこちらに近づいてきた。
その華麗な姿を、ローズは心臓が凍りつくような思いで見つめた。
カールした鳶色の髪を一房たらし、残りはふんわり結いあげ、切れ長の黒い理知的な瞳は黒曜石のように輝いている。
ふんだんにレースをあしらった、くすんだ紅いビロードのドレス。襟元と耳に煌くのは、ダイヤモンドだろうか。
魅力的な口元に、自信に満ちた微笑を浮かべている。その姿はまるで王女のようだった。
「エヴァン、本当にお久しぶりね。この前のパーティでわたくしをすっぽかしたこと、まだ許したわけじゃありませんよ」
その瞬間、エヴァンの左手がローズの右手をぐっと握りしめた。だが彼はそのまま手を放すと、アンナの方へ歩きだしてしまった。