天使のチョーカー
やわらかい草の感触を感じながら少女はゆっくり一歩踏み出した。リングの下にいた日から数日経つ。不甲斐無いことに先生に助けられ、気が付いたのは翌日のことだった。
先生は何も言わず、グアバで作った暖かい飲み物とクッキーに似た甘い菓子をご馳走してくれた。
あの甘くて美味しかったクッキーの味を思い出しながら、彼女の視線は高さ十メートルは越えるカジュマル樹の下で、暑さをしのぐように集まっている人々へ向けられている。
息を吸い込むと新芽のむせるような香りとみずみずしい果実の甘美な香りが鼻をくすぐる。
この島はニューカレドニアというところをモチーフにして作られたと習ったのを思い出した。
確か百種類を優に超える魚類、造礁サンゴ、軟体動物の生息場所で、万にも匹敵する数の昆虫種に、千種類を超える植物種がニューカレドニアに生息しておりしかも独自に進化を遂げた固有種だ。
動植物の宝庫のようなその島も観光地化と住民の生活様式に反映して土地開発が進んでおり環境破壊が問題視されていると教わった。
でも、この島は大丈夫だろう。ニューカレドニアとは違うのだから。それに私達は、姿かたちは人間に近いが遺伝子構造から生態系までまったく異なる生命体だからだ。
「ダージリン!」
彼らに馴染めない彼女は警戒をしながら距離を保ったまま声をかけた。
いっせいに人々の顔が少女へ向く。逆に注目を集めてしまった少女は、視線を逸らし体をすくめ、淡い刈安色に新橋色のライン入った衣装の裾を空いている左手で握り締める。
彼女の右手にはガラス製のランプが握られており、台座は鉄製で蔦をモチーフにした複雑なデザインが施されていた。
人々の間から、焦げ茶色のシャツに淡い黄土色の衣装を羽織った男性が歩み出た。衣装には黒い縁取りと紐が装飾されており、腰から下は二枚重ねで上の布は前開きになっている。裾には赤い三角を象った模様があしらってあった。
男はまるで能面を思わせる端正な顔立ちで、この常夏の島に似つかわしくない象牙色の肌が奇妙に浮いて眩しい。夕暮れのような菫色の瞳に、卵型の顔を縁取る瓶覗色の髪は肩まで長く、前髪と横髪は左右一つずつとんぼ玉のような髪留めで纏めてある。
背が非常に高く、優に百八十センチは越えている。髪型と綺麗な顔立ちから女性と見間違えそうだが、その長身と細身の割に筋肉質で逞しい体つきが、嫌でも彼を男性だと知らしめた。
学び舎の先生でもあり皆の生活をサポートする立場にあるダージリンだ。
「どうました?・・・これは」
少女が口を開く間もなく、ダージリンの菫色の瞳がゆらりと揺れ一瞬光をまとう。おもむろに少女の手を掴むと、細く長い指におおわれているひょうたん型のランプを見つめた。
「灯かりのオイルがもう少ないです」
彼を直視できずもじもじと囁いた少女に、彼はやわらかな笑みを浮かべるとランプをその手から受け取った。踵を返し少女に背を向け振り向きざま出し抜けに明るく声を張り上げた。
「キメラ!そんな小さな声では木々のざわめきや動物たちのおしゃべりに掻き消されて聞こえないぞ!」
「は、はい!」
思わず乗せられて少女、キメラは柄になく大声で答えてしまった。周囲からせせらぎのような笑い声が押し寄せた。キメラは恥ずかしそうに体を丸め、先へと進むダージリンの後を慌てて追った。
先生は何も言わず、グアバで作った暖かい飲み物とクッキーに似た甘い菓子をご馳走してくれた。
あの甘くて美味しかったクッキーの味を思い出しながら、彼女の視線は高さ十メートルは越えるカジュマル樹の下で、暑さをしのぐように集まっている人々へ向けられている。
息を吸い込むと新芽のむせるような香りとみずみずしい果実の甘美な香りが鼻をくすぐる。
この島はニューカレドニアというところをモチーフにして作られたと習ったのを思い出した。
確か百種類を優に超える魚類、造礁サンゴ、軟体動物の生息場所で、万にも匹敵する数の昆虫種に、千種類を超える植物種がニューカレドニアに生息しておりしかも独自に進化を遂げた固有種だ。
動植物の宝庫のようなその島も観光地化と住民の生活様式に反映して土地開発が進んでおり環境破壊が問題視されていると教わった。
でも、この島は大丈夫だろう。ニューカレドニアとは違うのだから。それに私達は、姿かたちは人間に近いが遺伝子構造から生態系までまったく異なる生命体だからだ。
「ダージリン!」
彼らに馴染めない彼女は警戒をしながら距離を保ったまま声をかけた。
いっせいに人々の顔が少女へ向く。逆に注目を集めてしまった少女は、視線を逸らし体をすくめ、淡い刈安色に新橋色のライン入った衣装の裾を空いている左手で握り締める。
彼女の右手にはガラス製のランプが握られており、台座は鉄製で蔦をモチーフにした複雑なデザインが施されていた。
人々の間から、焦げ茶色のシャツに淡い黄土色の衣装を羽織った男性が歩み出た。衣装には黒い縁取りと紐が装飾されており、腰から下は二枚重ねで上の布は前開きになっている。裾には赤い三角を象った模様があしらってあった。
男はまるで能面を思わせる端正な顔立ちで、この常夏の島に似つかわしくない象牙色の肌が奇妙に浮いて眩しい。夕暮れのような菫色の瞳に、卵型の顔を縁取る瓶覗色の髪は肩まで長く、前髪と横髪は左右一つずつとんぼ玉のような髪留めで纏めてある。
背が非常に高く、優に百八十センチは越えている。髪型と綺麗な顔立ちから女性と見間違えそうだが、その長身と細身の割に筋肉質で逞しい体つきが、嫌でも彼を男性だと知らしめた。
学び舎の先生でもあり皆の生活をサポートする立場にあるダージリンだ。
「どうました?・・・これは」
少女が口を開く間もなく、ダージリンの菫色の瞳がゆらりと揺れ一瞬光をまとう。おもむろに少女の手を掴むと、細く長い指におおわれているひょうたん型のランプを見つめた。
「灯かりのオイルがもう少ないです」
彼を直視できずもじもじと囁いた少女に、彼はやわらかな笑みを浮かべるとランプをその手から受け取った。踵を返し少女に背を向け振り向きざま出し抜けに明るく声を張り上げた。
「キメラ!そんな小さな声では木々のざわめきや動物たちのおしゃべりに掻き消されて聞こえないぞ!」
「は、はい!」
思わず乗せられて少女、キメラは柄になく大声で答えてしまった。周囲からせせらぎのような笑い声が押し寄せた。キメラは恥ずかしそうに体を丸め、先へと進むダージリンの後を慌てて追った。