◇桜ものがたり◇

 突然に光祐さまは、懐かしさに浸る祐里をぎゅっと抱きしめる。


 桜河のお屋敷の光祐さまは、孤児の祐里には、雲上人のような御方。

 どれほどお慕いしても、叶わぬ恋。

 旦那さまと奥さまが、いくら可愛がってくださっても、

 光祐さまに愛されるなど、考えても詮ないこと。

 それでも、光祐さまの胸の中で、溶けてしまいそうな

 しあわせを感じている祐里がいる。


(このまま、時間が止まってしまうとよろしゅうございますのに)

 祐里は、こころの中で念じていた。


「祐里の香りがする。ぼくの大切な祐里。ぼくだけの祐里」

 光祐さまは、胸いっぱいに祐里の香りを吸い込む。


 初々しい桜の香りとともに、祐里の膨らんだ胸の感触を感じて、

 更に祐里を独占したい気持ちが昂った。


「光祐さま。もったいないお言葉でございます」

 祐里の瞳からは、はらはらと涙が零れて、

 光祐さまの濃紺の上着を涙の雫で滲ませた。


 光祐さまの逞しい胸に包まれて、至福の真只中にいながら、

 同時に奈落の不安を感じている祐里がいる。

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