◇桜ものがたり◇
旦那さまは、仕事の関係上、
月の半分近くを都の桜河家別邸に滞在する。
別邸は、桜河のお屋敷の洋館と、ほぼ同じ造りをしており、
光祐さまが執事の遠野夫妻と暮らしていた。
別邸は、旦那さまと奥さまが結婚して新居になる予定が、
虚弱体質の奥さまには、都の空気が合わないと分かり、
それ以来、別邸として使われていた。
遠野は、桜河電機では社長の右腕とも謳われ、
旦那さまから絶大なる信頼を置かれている。
遠野の妻・寧々は、十三歳から都で生活するようになった
光祐さまの母親代わりでもあった。
「光祐坊ちゃま、お帰りなさいませ。
祐里さまからお手紙が届いてございます。
すぐにおやつをお持ちいたしましょうね」
寧々は、玄関で奉公人たちと共に笑顔で光祐さまを迎え、
書簡入れから封書を取り出すと手渡した。
寧々は、光祐さまの養育を任されて以来、
数回ほど祐里と会う機会があり、
光祐さまが大切に想っていることをそれとなく感じていた。
「ただいま。寧々、ありがとう。
おやつは、食べたくなったら、ぼくから声をかけるよ」
待ちかねていた祐里からの手紙を受け取った光祐さまは、
寧々や奉公人に普段通りに挨拶しつつも、
逸(はや)るこころを抑えて自室へ向かうと、
扉を閉めると同時に手紙を開封する。