◇桜ものがたり◇
「光祐、お帰り。早かったね」
旦那さまは、自分の考えが正しい事を確認して、
光祐さまの態度に満足した笑顔を向ける。
「父上さま、祐里の結婚相手が決まったって、
どういう事なのですか」
光祐さまは、肩で大きく息をしながら、早口で、旦那さまを問い詰める。
光祐さまの切迫した様子とは裏腹で、旦那さまが微笑んでいる姿に
不思議な戸惑いを感じた。
「光祐、祐里のこととなると熱くなるようだが、まぁ落ち着きなさい」
すぐに奥さまと祐里が何事かと書斎に入り、
奉公人たちは遠巻きに様子を窺っていた。
「旦那さま、わたくしは何も聞いてございませんわ」
奥さまは驚いて旦那さまに詰め寄る。
祐里は、突然の結婚話で、凍りついたように、
書斎の入り口で立ち尽くしていた。
「さて、光祐も帰った事だし、
薫子も祐里も今から大切な話をするから座りなさい」
光祐さまと奥さまの剣幕とは正反対に、
旦那さまは、優しい笑みを浮かべて、
ゆっくりと御婆さまの遺言書を机の引き出しから取り出す。
奥さまは、旦那さまの隣に座り、
光祐さまは、廊下で遠巻きに窺っている奉公人たちへ、
(大丈夫だから)という視線を投げかけると書斎の扉を閉めて、
茫然とする祐里を優しく導いて向かい側に座った。