◇桜ものがたり◇

 旦那さまは、遺言書を読みながら、

 元山弁護士の突然の来訪を思い返していた。


「ようやく、啓祐さまへ濤子さまの遺言書を

 お渡しする重責を果たす事ができまして、安堵いたしました。


 これをお残しになられる時は、大層、祐里さまの行く末を案じられて、

 即座に開示すべきか否か最後までお迷いでございました。


 濤子さまのご遺言通り、祐里さまは、強運の持ち主でございました」

 遺言書を読み終えて、感慨に浸っている旦那さまに、

 元山弁護士は、大きく頷いて笑顔を見せた。


「元山弁護士、母上は、このような遺言をしていたのですね。

 母上の真意が分かり、こころが晴れました。ありがとうございました」

 旦那さまは、元山弁護士の両手を力強く握って、満面の笑みを浮かべた。



 旦那さまは、濤子さまが断固として、

 祐里を養女にする事を反対しながらも、

 孫の光祐さまと同じように可愛がっていた態度が、

 腑に落ちないでいたのだが、ようやくその真意を悟り、納得できた。

 それとともに、自分と妻が、何故、祐里を手放す気になれなかったのか、

 すんなりと理解できた。

 祐里は、桜河のお屋敷に縁を持ち合わせた娘だったのだ。



 旦那さまは、光祐さまが帰省するまで、

 奥さまにも祐里にもこの遺言書の件を伝えるのを我慢した。


 五月の連休前に満を持して、光祐さまを驚かそうと、電報を打つ。

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