◇桜ものがたり◇

 光祐さまと祐里が書斎を退室すると、

 旦那さまは、遺言書を机の引出しに仕舞い、奥さまに大きく頷いた。


「私の心配は取り越し苦労だったようだ。

 光祐は、自分で最良の妻を見つけていたのだね。

 それにしても、祐里は、不思議な娘だ。

 母上が神の御子と信じていたように、

 祐里の前では、出生や立場など、問題外だ。

 薫子、桜河の家が笑いものになったとしても、私たちは満足だね」

 旦那さまは、奥さまの手を取る。

「誰も笑いはいたしませんわ。

 祐里さんは、光祐さんの立派なお相手でございますもの。

 旦那さまとわたくしが、どこに出しても恥ずかしくないよう

 大切に育てて参りましたし、

 祐里さんの気品は持って生まれたものでございます。

 どちらの御嬢様にも比類のない限りでございますわ。


 榊原さんは、その名の示す通り、

 神さまに縁(ゆかり)の家でございましょう。


 祐里さんのお見合いから、光祐さんの気持ちは薄々感じておりました。

 わたくしとて、光祐さんの嫁には、祐里さんをと思ってございましたもの」

 奥さまも満面の笑みで、旦那さまの手に両手を添える。


「私も見合いをさせた後から急に祐里を嫁に出すのが惜しくなった。

 今思えば、祐里以外に光祐の嫁として相応しい娘はいない。

 祐里を手放さずに済んで、本当にめでたし、めでたしだ」

 旦那さまは、先程の祐里の慎ましい笑顔を胸に広げて、

 しあわせを噛み締める。

「わたくしもほっといたしました。

 祐里さんは、ほんに側に居るだけで、

 しあわせな気分にしてくれる娘でございますもの」

 旦那さまと奥さまは、肩を寄せ合い、

 光祐さまと祐里の結婚に思いを馳せる。

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