◇桜ものがたり◇
「祐里、庭に出てみようよ」
「はい。光祐さま」
五月の爽やかな風が若葉の香りを庭いっぱいに漂わせる明るい月夜。
「今年は、お庭の桜の樹に少しお花が残ってございますの。
若葉色の葉と淡い桜色が綺麗でございます」
祐里は、月の光に照らされた大好きな桜の樹を見上げた。
「桜の樹も御婆さまもぼくと祐里を祝福してくれているのだね。
桜の樹、ありがとう。お陰で祐里をしあわせにできるよ」
光祐さまは、桜の樹を見上げて手を合わせる。
月の青い光が桜の花に反射して、そよ風と共にはらはらと舞い散る
花弁の中に佇む祐里を、ますます美しく浮かび上がらせる。
「光祐さまがお側にいらっしゃらない時は、
御婆さまの桜の樹が、いつも私を励ましてくれました。
桜さん、本当にありがとうございます。
そして、光祐さまが力強く私をお守りくださいました。
私は、光祐さまを信じて今日まで参りました。
祐里は、夢のようにしあわせでございます」
「祐里、これからもずっとぼくの側にいておくれ」
「はい、光祐さま。
祐里は、いつまでも光祐さまのお側に居とうございます」
桜の花弁が祐里の長い髪に留まり、
光祐さまは、そっと祐里を抱き寄せて、くちづける。
祐里は、光祐さまの力強い愛に包まれて、
溢れんばかりのしあわせを感じていた。
天の月と優雅な桜の樹が、二人のくちづけを祝福して、
静かに見守っていた。
光祐さまは、祐里との結婚が公になるまで、
兄以上の行動に出ないように心に誓っていた。
それほどまでに祐里のことを清らかに大切に想っていた。
離れていても、祐里のことを想うだけで、こころが安らいだ。
それは、祐里も同じだった。