◇桜ものがたり◇
青春の光と陰
月日は廻り、光祐さまは、三十二歳の桜の季節を迎えていた。
光祐さまが桜河電機に入社して十年が経ち、
工場長を経て、現在では副社長としての貫禄を示していた。
土曜日の春の夜。
光祐さまは、家族を連れて都の音楽会へ出かけた。
音楽ホールのロビーで、取引先の重役と顔を合わせた光祐さまは、
優祐と祐雫をロビーに待たせて、祐里を伴って席を立った。
「祐雫、手洗いに行ってくるけれど、ひとりで大丈夫」
優祐は、人混みのホールに祐雫を一人で置いていくのを躊躇った。
「ええ、優祐こそ、迷子にならないように」
優祐は、祐雫を気遣いながら、手洗いへと向かう。
祐雫は、双子の優祐へ大人びた注意すると、
ロビー中央の熱帯魚の大きな水槽を見つめていた。