◇桜ものがたり◇
「どなただろうね。
祐雫、知らない人にお菓子をあげるからって言われても、
気軽に付いて行かないでくださいよ」
光祐さまは、祐雫を優しく諭した。
「本当にどなたさまでございましょう」
祐里は、心配顔で、辺りを覗ったが、見知った顔は、見当たらない。
「そのように怖いおじさまでは、ございませんでしたし、
祐雫は、お菓子に釣られる子どもではございません」
祐雫は、声をたてて笑った。
光祐さまと祐里は、一緒に微笑みながら、一抹の不安を感じていた。
文禰は、立派になった光祐さまと
しあわせに包まれている美しい祐里を
哀愁の思いで、柱の陰から、遠巻きに窺っていた。
「父上さま、母上さま、祐雫、お待たせしました。
遅くなって申し訳ありません」
優祐は、家族を待たせたと感じて、慌てて戻り、頭を下げる。
「そろそろ、開演の時間だ」
光祐さまは、家族の背中を押して音楽ホールへ入った。