◇桜ものがたり◇

 その姿を背にして、

 文彌は、音楽会の鑑賞券を傍らの屑篭に捨てると、ロビーを後にした。



 闇夜に包まれながら、

(もし、あの時に祐里を我がものにしていたならば、

 私の横には祐里がいた筈だ)

 と思い、文彌は、花冷えの寒さに、外套の襟を合わせる。


(しかし、祐里を私の妻にしていたならば、

 果たして、あのようなしあわせな微笑を湛える女性にできただろうか)

 と、苦笑しつつ考えていた。

 
 見上げた空には、月が輝いていた。

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