◇桜ものがたり◇

 文彌は、紅茶から立ち上る湯気が、

 部屋の空気に溶け込んでいく様子を静かに見つめていた。

  

 そして、文彌は、意を決して、口を開いた。



「ご立派な後継ぎに成長されましたね。

 随分と迷いましたが、

 一度、お詫びに伺いたいと存じまして、本日参りました。

 私も若かったとはいえ、何時ぞやは大変失礼をいたしました。

 特に奥さまには誠に申し訳なく思っております」

 文彌は、椅子から立ち上がって深々と頭を垂れる。


 光祐さまは、文彌の突然の来訪と、恭(うやうや)しい態度に驚いていた。


「榛様、どうぞ、頭をあげてください。

 突然のご来訪で、どのようにお答えしたらよろしいのか、

 正直なところ考えあぐねています。

 ただ、過ぎたことは、過ぎたこととして、水に流すこともできましょう。

 私と祐里は、現在(いま)を大切に暮らしておりますので」

 光祐さまは、現在(いま)のしあわせに思いを巡らし、

 愛しい祐里を想いながら、優しい微笑みを湛えた。


 文彌は、その微笑を受けて、心が洗われていくように感じていた。


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