◇桜ものがたり◇
柾彦は、日々の診療と学会の準備に忙しく、
笙子へ連絡が取れずにいた。
柾彦は、土曜日の診療を終えると、
慌てて車を東野の華道会館へ走らせる。
柾彦は、会館の車寄せに車を止め、笙子が出て来るのを待つ。
毎週土曜日の午前中は、華道会館で稽古があり、片づけが終わるのは、
一時頃だと笙子から聞いていた。
寒椿文様の艶やかな着物に椿色の被風姿の笙子が、
花包みを抱えて、華道会館の扉から現れた。
風花の舞う冷たい空気が、一瞬、温かみを帯びたように
柾彦には感じられる。
「笙子さん、突然ですがお昼をご一緒しませんか」
柾彦は、車から出て、満面の笑顔を笙子へ向ける。
「柾彦さま」
笙子は、柾彦に走り寄った。笙子の胸はしあわせで溢れていた。
柾彦に会いたくて、幾度涙したことか・・・・・・
ようやく柾彦に会えた喜びが溢れて、大粒の涙が頬を伝っていた。
「どうしたの。なにか哀しい事でもあったの」
柾彦は、笙子の溢れる涙に驚いていた。
「申し訳ございません。柾彦さまにお久しぶりにお会いできて、
あまりに嬉しゅうございましたので」
笙子は、熱い眼差しをしっかりと柾彦へ向ける。
「ぼくも笙子さんに会えて嬉しいよ。さぁ、泣くのをやめて」
柾彦は、花包みを受け取ると、
ハンカチを取り出して、笙子の手に握らせる。
笙子は、涙を拭きながら、微笑むと、
柾彦が開けた車の後部座席へ乗り込んだ。
「笙子さんが、落ち着くまで、とりあえず車を走らせようね」
柾彦は、ゆっくりと車を発進した。
萌は、会館の事務室の窓から、
その二人の姿を微笑ましく密かに見守っていた。