◇桜ものがたり◇
笹木紫乃(ささき しの)は、奥さまが嫁いだ時に、
実家から連れてきた婆やで、奥さまのよき相談相手だった。
お屋敷の台所を取り仕切り、女中頭のあやめとも馬が合い、
共にお屋敷の奉公人を束ねている。
紫乃は、光祐さまの好物を腕に縒りをかけて準備していた。
「紫乃さん、ただいま帰りました。
お手伝いができなくてごめんなさい。
光祐さまがお帰りになられました」
祐里は、桜河のお屋敷では、養女と同等の待遇を受けていたが、
自ら進んで台所や掃除の手伝いをしている。
紫乃は、祐里を見込んで、大奥さまの濤子さまから伝授された
お屋敷に代々伝わる数々の料理をしっかりと教え込んでいた。
「祐里さま、お帰りなさいませ。
久方ぶりの坊ちゃまとのお時間はいかがでございましたか。
おやつは坊ちゃまのお好きなお茶と
苺のタルトの準備ができてございます。
お茶は、紫乃が運びますので、
祐里さまは、タルトのお盆をお願いいたします」
紫乃は、祐里の感涙に気付かないふりをして、
祐里の歓喜の声に同調した。