◇桜ものがたり◇
祐里は、歩きながら、気になる枯れかけた葉や折れた枝に触れる。
祐里に触れられた樹木は、生き生きと潤い蘇っていった。
祐里は、自分の身体から漲る生命の力を溢れんばかりに感じていた。
今まで抑えられていた生命の力だった。
祐里自身、気付かなかった力……
いや、気付かないように封印していた力だった。
病を患った濤子(なみこ)は、可愛がっていた祐里を
「病が移るから」 という名目で死ぬ間際まで近付けなかった。
死ぬ間際になって、枕元に祐里を呼び、桜の樹を託した。
「わたくしは、四十過ぎてから授かった啓祐さんを
立派に育て上げることができました。
もう思い残すことはございません。
そろそろ愛しい旦那さまの元に参ります。
祐里が側にいると病が治って旦那さまの元に逝けませぬ。
祐里を嫌うて会わなかったわけではないのですよ。
祐里には病を治す力があるようです。
祐里、その力を忘れて、光祐としあわせにおなり。
それから、庭の桜の樹は、桜河家のお守りの樹ですから、
わたくしの代わりに大切にしておくれ」
祐里は、忘れていた濤子(なみこ)の言葉をこころの中に蘇らせていた。