◇桜ものがたり◇

「桑津くん……

 わたしは、君の上司で、妻子ある立場だ。

 何か困ったことがあるのならば、相談にはのるけれど、

 桑津くんのことは、社員以上には考えていないよ」

 光祐の心臓は高鳴り、平静さを装いながらも、

 真夏の夜の誘惑に引き擦り込まれそうになる。


「でも、副社長の奥さまは、実家に帰られて別居中なのでしょう。

 淋しくはないのですか。

 それに、もうすぐ、離婚されるのでしょう。

 美和子は、副社長が大好きです。

 副社長の淋しさを埋めて差し上げたいのです」

 美和子は、恋するまなざしを光祐に向ける。

 潤んだ大きな瞳は、きらきらと輝いて、

 美和子の愛くるしさを際立たせていた。


(ほんとうに率直な可愛い娘だな)

 光祐は、思ったことをそのまま口にする美和子に心惹かれて、

 魅惑の糸に手繰り寄せられながらも、毅然とした顔で諭す。


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