◇桜ものがたり◇
光祐は、玄関前で車を停めると、助手席の扉を開けて、
美和子を車から降ろす。
「素敵なお屋敷ですね」
玄関の車寄せで車を降りた美和子は、お屋敷の大きさに感心していた。
車の音を聞き付けた森尾は、光祐から車の鍵を受け取り、
車庫へと移動させていった。
光祐は、玄関の扉を開けて、美和子を招き入れる。
「母上さま、ただいま帰りました。
秘書の桑津美和子くんです。
残業の後に淹れてくれた紅茶を零してしまって、
申し訳ありませんが、桑津くんに何か着替えをお願いしたいのですが」
困惑の表情の光祐は、玄関に迎えに出た薫子へ美和子を紹介する。
「おかえりなさいませ、光祐さん。
遅くまでお疲れさまでございました。
まぁ、どうなさったの。
桑津さんは、こちらへどうぞ。
紫乃に着替えを出させましょうね。
すぐに夕食にいたしますので、光祐さんは、着替えていらっしゃいませ」
薫子は、光祐の白いシャツの襟元に付いた口紅と
美和子の濡れた洋服に驚きつつも、顔色を変えずに答えた。
わざわざ光祐が、美和子を連れてきたからには、理由があるはずだ
と感じていた。
薫子は、自室に美和子を案内して長椅子をすすめると、
紫乃へ着替えを持ってくるように声をかける。
紫乃は、納戸に行き、祐里のワンピースを取り出した。
「スカートの染みは、紅茶かしら。火傷はなさいませんでしたの」
薫子は、若さを誇る美和子のはちきれそうな肢体を見つめる。
光祐に限って、浮気など考えられない
と思いつつも、不安な気分に包まれる。
「はい。そそっかしいものですから。
奥さま、夜分にお邪魔して申し訳ありません」
美和子は、悪びれる様子もなく、薫子の問いに、はきはきと答えた。