◇桜ものがたり◇

「お家の方が心配されてございましょうから、

わたくしから電話をかけましょうね。

 今夜は、当家にお泊まりなさい。

 電話室はこちらでございますので、ご一緒にいらしてね」

 薫子は、廊下の電話室で美和子に受話器を渡して、

 電話交換手へ電話番号を伝えるように指図した。


 美和子は、素直に従う。


 一旦受話器を下ろした電話から、しばらくして、呼び出し音が鳴り響く。

 薫子が受話器を取ると、交換手が桑津家に電話を繋いだ。


「夜分に申し訳ございません。

 わたくし、桜河電機の桜河薫子と申します。

 美和子さんに残業していただいて、遅くなりましたので、

 今夜は、当家でお預かりさせていただきたく

 お電話を差し上げた次第でございます。

 御許しいただけますでしょうか」

 薫子は、丁重な声音で話す。


「まぁ、奥さまでございますね。

 いつも美和子がお世話になってございます。

 まして、お泊めいただくなんて申し訳ございません。

 こちらこそ、ご迷惑ではございませんか」

 美和子の母・美律子は、恐縮して応答した。


「いいえ、大切なお嬢さまに残業していただいたのは、

 こちらでございますもの。

 それでは、美和子さんをお預かりいたします。

 明朝、こちらからお送りさせていただきます。


 只今、美和子さんと替わりますので、少々お待ちくださいませ」

 薫子は、美和子へ受話器を手渡した。

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