◇桜ものがたり◇

 光祐は、祐里が旅立って以来、

 日本家屋から洋館の自室へ戻って、生活していた。


 部屋に入り、薫子の視線を思い出しながら、洋服箪笥の鏡を見て驚いた。

 白いシャツの襟元には、しっかりと美和子の口紅が付き、

 唇も薄っすらと紅色に染まっている。


 慌てて洋服箪笥から、シャツを出して着替えると、洗面室で顔を洗った。


(最近の若い女性は早急だな。

 あの時、風が吹かなかったら、誘惑に負けていたかもしれない。

 祐里、このようなことになってしまって、申し訳ない)


 光祐は、祐里と離れて暮らすうちに、

 淋しさから、こころに隙を作ってしまった自己を

 洗面室の鏡に写し出して、反省していた。

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