◇桜ものがたり◇
光祐は、格子の扉を開けて、バルコニーへ出る。
桜の樹は、深緑の葉を青々と繁らせて、光祐へ涼しい風を送った。
「桜、今宵は、祐里が恋しいよ。
祐里をこの手で抱きしめたい」
光祐は、桜の樹へ胸の想いをぶつける。
愛するのは祐里だけだと想いながら、
身体が若い美和子に反応していたことが悲しかった。
桜の樹は、静かに葉を揺らして、光祐の話を聞いていた。
月夜の庭を眺めながら桜の樹に話しかけるうちに、
光祐のこころの漣(さざなみ)は、次第に鎮まっていった。
「光祐さま、祐里は光祐さまを信じてございます。
離れていましても、こころは光祐さまに添うてございます」
風に乗って、祐里の声が聞こえたように感じられた。
「祐里、ぼくを信じておくれ。
ぼくは祐里だけを愛しているよ」
光祐は、上空の明るい月を見上げて、祐里に届けとばかりに囁く。