◇桜ものがたり◇
蜘蛛の糸
冬樹は、祐里に頬擦りすると、
明け始めた朝の神事のために、仕方なく社へ戻って行った。
冬樹が閂(かんぬき)を下ろして立ち去った祠には、
どこからともなく、白い霧がたちこめる。
白い霧は、祐里を愛撫するように包み込んだが、
何かを恐れるように、忽然と掻き消えた。
祐里は、薄暗い祠の中で、意識を取り戻した。
冬樹を助けた時に打った腕を擦って背中から腕に走る痛みに耐える。
祐里の癒しの力は、祐里自身には効かなかった。
ただ、不思議なことに光祐が側に居るときのみ、
自身を癒すことが出来るのだった。
(光祐さま)
祐里は、こころの中で呟いて、ふらふらと立ち上がり祠の戸を押した。
祠の戸は、外から閂(かんぬき)がかかっていて開かなかった。
(優祐さんは、大丈夫でございましょうか)
祐里は、社にいる優祐の身を案じた。
雨に濡れて重くなった狩衣は、祐里の身体を蜘蛛の糸で縛るかのごとく
纏わりついていた。