◇桜ものがたり◇
「光祐さま」
祐里は、心細さでいっぱいになり、声に出して光祐の名を呼ぶ。
光祐の笑顔が蘇る。
握り締めた右手を開くと不思議なことに、今まで見ていた夢と同じく
満開の桜の花が現れた。
(桜さん、光祐さまにお会いしとうございます)
祐里は、桜の花を両手で包み目を閉じると、
光祐との楽しい日々を思い出しながら、
こころの炎で濡れた身体を温めた。
「神の森さま、叔父さまのこころに、森の御霊をお与えくださいませ。
叔父さまにお力をお授けくださいませ。
お爺さまの息子であられる叔父さまこそが、
神の守に相応しゅうございます。
私は、榊原姓ではなく、桜河祐里で、光祐さまの妻にございます。
神の守には、相応しゅうはございません」
祐里は、正座をして、薄れていく意識を振り絞ると、
神の森へ訴えかける。
神の森は、祐里の言葉には、無言のまま、霧を漂わせながら、
朝日を受けて、明けていく。
祐里は、外界から遮断された薄暗い祠の中で、
痛みと寒さに襲われて、正座をした姿勢のまま、
蜘蛛の糸にかかった獲物のように気を失った。