◇桜ものがたり◇
「父上さまは、どうして、そのように平常心なのでございますか。
母上さまと優祐が行方知れずになられて、ひと月が過ぎましたのに」
祐雫は、祐里から、お屋敷に残って、自分の替わりに家族の世話を
頼まれたのだが、母の存在の大きさに気付かされた。
祐里が家を留守にしたその日から、
桜河のお屋敷は、 薄っすらとした闇に包まれていた。
深緑の葉を陽光に輝かせていた守護の桜でさえも、潤いをなくしている。
祐雫は、桜が枯れてしまうのではないかと心配して、
毎日桜の樹へ話しかけた。
「私は、祐里を信じているからね。
それに私には、祐雫がいる。
必ず、祐里と優祐にまた会えると思っている」
光祐は、淋しくないと自己に問えば、嘘になると思いつつ、
ここで自分が弱音を吐いては、
桜河の家族を不安にさせるだけと考えていた。
躊躇する祐里を神の森に旅立たせたのは自分だった。
それは後悔したくない決断だった。
思い返せば、大学生の時に祐里の縁談が持ち上がり、
榛文彌(はしばみふみや)と父の意向から必死になって、
祐里を守ったことがあった。
今回は、あの時とは比べものにならない
未知のの力を持つ神の森が相手だが、
光祐は、相手が誰であろうと、祐里を守り貫こうとこころに誓っていた。