◇桜ものがたり◇

「父上さま、神の森の方から近付いてきたようにございます。

 あら、父上さま、この樹だけがどこか違うてございます」

 祐雫は、森の入り口の小さな新芽の樹を指差した。


 黄緑色の儚げな若葉が風に揺れている。


「これは、桜の樹だよ。

 珍しいな。 この地に桜の樹はないはずなのに」


 北の地では、桜は、家を滅ぼす樹として、忌み嫌われていると

 聞いたことがあった。

 この地で桜の樹を目の当たりにした光祐は、

 桜に勇気づけられる。


「きっと、優祐が手がかりに植えたのでございます。

 柾彦先生から、桜の苗木を戴いてきておりましたもの」

 祐雫は、優祐の足あとを発見して、歓喜の声をあげる。


「柾彦くんが桜を持たせてくれたのか」

 光祐は、柾彦が桜川の地で、

 一緒に祐里を守ろうとしてくれていると思い、

 ますます勇気が湧いてくる。


「さて、ここからは、祐雫の思うように進んでおくれ。

 わたしは祐雫に付いていくことにするよ」

 光祐は、桜の新芽の香りを嗅いで、深呼吸した。


「はい。おまかせくださいませ」

 祐雫は、桜の小さな樹を両手に包んで、目を閉じて念じる。


(桜さん、母上さまと優祐の元へご案内くださいませ)

 祐雫は、こころの赴くまま一歩を踏み出した。

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