◇桜ものがたり◇

 光祐は、重い空気を押して神の森を進んだ。

 鬱蒼と茂った樹木に遮られ、薄日さえも、差し込むことを拒絶されている

 暗い森が、何処までも続く。


 方角を見失った光祐は、ただ前へ前へと進んでいく。


 大風に巻き込まれて投げ出されて以来、腕時計が手元から外れて、

 神の森に入ってから、どれ位の時間が経過したのかも、

 すでに分からなくなっていた。


 ひんやりとした風に乗って、仄かに甘い香りが光祐を誘った。


(祐里の香り・・・・・・)


 光祐は、香りに導かれるままに重い空気を押しながら、ひたすら走る。


 森が開けたところに湖が広がっていた。


 どこからともなく優しい風が吹いて、

 湖面に浮かんでいた桜の花弁が、光祐の目前へ舞い上がる。

< 265 / 284 >

この作品をシェア

pagetop