◇桜ものがたり◇
「私は悔やまれてならない。
祐里を引き取る時に桜河の籍に入れるべきだった。
ご存命だった母上が反対されなければ、
養女とはいえ祐里は、光祐と戸籍上でも兄妹の間柄に
なっていたのだが……。
桜河家を継承する光祐には、それなりの良家から嫁を迎えねばならぬ。
薫子、家と家との縁組は企業にとって最優先されることだと
分かっているだろう」
孤児の祐里を不憫に思い、引き取って育ててきたことが、
ここにきて問題になるとは、悩ましい限りだった。
「最優先でございますか。
理屈は存じ上げておりますが、わたくしは、納得できかねます。
ところで、良家と誉れ高い榛様は、祐里さんの事情は、
ご存知でございますの」
奥さまは、祐里のしあわせに思いを巡らせていた。
祐里は、桜河家で育ったとはいえ、
戸籍上は、何処からともなく流れて来て、
森番の職に就いた榊原の娘であった。
先代の当主であった亡き濤子は、祐里を可愛がりながらも、
養女に迎えることを頑なに反対したのも事実だった。
奥さまは、十三年の間、祐里を育てながら、
光祐さまと同じくらいに、かけがえのない愛情を育んでいた。