◇桜ものがたり◇
「祐里」
光祐は、労わりの声で、祐里の名を呼ぶ。
祐里は、光祐の声を耳にして、静かに目を開ける。
愛しい光祐の心配気な顔が、瞳に飛び込んできた。
(光祐さま、どれほど、お会いしたかったことでございましょう)
その瞬間、祐里の胸が鼓動を始めた。
光祐は、走る。
鋼のように固い空気の結界を祐里への愛の力で、
打ち破るかのごとく突き進む。
自身が傷つこうとも、祐里をこの手に抱(いだ)きたい想いが先行した。
「祐里、ぼくの大切な祐里。迎えに来たよ」
光祐は、森中から放たれる棘の痛みに堪えて、祐里を抱きしめる。
「光祐さま」
祐里は、消え入るような声で、光祐の名を呟き、
その胸の中で気を失った。