◇桜ものがたり◇
◇◇◇何故じゃ◇◇◇
神の森の声は、森中に響き渡った。
光祐は、祐里を抱きかかえると、祠(ほこら)を後にして、
社(やしろ)へ向かう。
「光祐さま、祐里は、光祐さまのお側を離れては、
生きては行けぬことがよく分かりました」
祐里は、光祐の首に手を回し、胸に顔を埋めて、幼子のように涙を流す。
祐雫は、祐里の涙をはじめて見た気がした。
祐里は、何時でも悲しげな表情を見せるだけで、
耐え忍び、涙を見せない母であった。
(母上さまは、ほんに父上さまを愛して、頼っておいででございますのね)
祐雫は、深い愛情で結ばれている父母を改めて誇りに感じた。
「祐里、辛い思いをさせてすまなかった。
これからは、絶対に祐里を離さないからね。
一緒に桜河へ帰ろう」
光祐は、祐里の体温を感じ、愛情が溢れると同時に、
体力も気力も回復していた。
「はい、光祐さま。嬉しゅうございます」
祐里は、光祐の深い愛に包まれて、
蜘蛛の糸が身体から解けていくように感じられる。
光祐は、祐里を抱きかかえているお蔭で、神の森を楽に移動できた。
光祐が進むと、上空は青く晴れ渡り、
森の樹木が優しい色調へ変化していく。
いつしか、真夏だというのに光祐の周りには、桜の花弁が舞っていた。
この神の森にあっても光祐は、桜の君であった。