◇桜ものがたり◇
「事情は申し上げた。
先日の晩餐会で、薫子が貧血で床に臥したため、
祐里を供にしたことがあっただろう。
その時にご子息が祐里を見初めてくださって、是非にとのお話だ。
文彌くんは、二男だから祐里の生まれのことは、
それほど気にされてはいない様子だった。
それに桜河の家から嫁に出すのだから、全く問題にはならないだろう。
榛家ならば申し分のない家柄だし、
近々海外事業部に力を入れようと思っていた矢先の
榛銀行との縁組は桜河電機にとって願ってもないことなのだよ」
旦那さまにとって、会社を大きくしようとした矢先に
都合よく良縁に恵まれて、事業拡張へ弾みをつける勢いに感じられた。
「まぁ、わたくしの貧血がきっかけで、
祐里さんが計略結婚の道具にされるなんて……
わたくしは責任を感じます」
奥さまは、女学校へ進学する祐里に社会見学をさせるつもりで、
気軽に晩餐会へ送りだしたことを後悔する。
「薫子、何も鬼や蛇に祐里を嫁がせると言っているわけではないのだから、
快く承諾しておくれ。
計略結婚はさて置き、お見合いと言ってもそう大袈裟に考えずに、
榛様をお招きしての気軽な昼食会だと思いなさい。
祐里が榛様を気に入らなければ、断ることもできなくもない。
そろそろ榛様がお越しになられる時間だ。
支度をするように光祐と祐里にも伝えておくれ」
旦那さまは、愛する奥さまの辛そうな表情に動揺していた。
「旦那さま、わたくしは反対でございます。
それに、わたくしからは、祐里さんに伝えかねますので、
旦那さまがおっしゃってくださいませ。
わたくしから、光祐さんだけではなく、
祐里さんまで取り上げるなんて、酷(むご)うございます」
奥さまは、断言して、それでも旦那さまには逆らえずに、
渋々、着替えのため自室へと向かった。
奥さまには、見合いをしてしまえば、
縁談を受けざるを得ないことが重々分かっていた。
旦那さまは、奥さまの剣幕に苦笑しながら、光祐さまを捜して、
明るい笑い声のする台所へ向かう。