◇桜ものがたり◇

「事情は申し上げた。

 先日の晩餐会で、薫子が貧血で床に臥したため、

 祐里を供にしたことがあっただろう。

 その時にご子息が祐里を見初めてくださって、是非にとのお話だ。

 文彌くんは、二男だから祐里の生まれのことは、

 それほど気にされてはいない様子だった。

 それに桜河の家から嫁に出すのだから、全く問題にはならないだろう。

 榛家ならば申し分のない家柄だし、

 近々海外事業部に力を入れようと思っていた矢先の

 榛銀行との縁組は桜河電機にとって願ってもないことなのだよ」

 旦那さまにとって、会社を大きくしようとした矢先に

 都合よく良縁に恵まれて、事業拡張へ弾みをつける勢いに感じられた。


「まぁ、わたくしの貧血がきっかけで、

 祐里さんが計略結婚の道具にされるなんて……

 わたくしは責任を感じます」

 奥さまは、女学校へ進学する祐里に社会見学をさせるつもりで、

 気軽に晩餐会へ送りだしたことを後悔する。


「薫子、何も鬼や蛇に祐里を嫁がせると言っているわけではないのだから、

 快く承諾しておくれ。

 計略結婚はさて置き、お見合いと言ってもそう大袈裟に考えずに、

 榛様をお招きしての気軽な昼食会だと思いなさい。

 祐里が榛様を気に入らなければ、断ることもできなくもない。

 そろそろ榛様がお越しになられる時間だ。

 支度をするように光祐と祐里にも伝えておくれ」

 旦那さまは、愛する奥さまの辛そうな表情に動揺していた。


「旦那さま、わたくしは反対でございます。

 それに、わたくしからは、祐里さんに伝えかねますので、

 旦那さまがおっしゃってくださいませ。

 わたくしから、光祐さんだけではなく、

 祐里さんまで取り上げるなんて、酷(むご)うございます」

 奥さまは、断言して、それでも旦那さまには逆らえずに、

 渋々、着替えのため自室へと向かった。


 奥さまには、見合いをしてしまえば、

 縁談を受けざるを得ないことが重々分かっていた。


 旦那さまは、奥さまの剣幕に苦笑しながら、光祐さまを捜して、

 明るい笑い声のする台所へ向かう。

< 28 / 284 >

この作品をシェア

pagetop