◇桜ものがたり◇
「桜さん、ただいま帰りました。
お蔭さまで無事に帰ってくることができました。
ありがとうございます」
祐里は、光祐に寄り添って、しばらくの間、桜の樹を見つめていた。
光祐の胸ポケットに差し込まれた桜の花は、銀色の雫になって、
桜の樹へと返っていった。
光祐は、桜の樹に導かれるように、
祐里を抱き寄せて、その柔らかな唇に口づけた。
この時、祐里のお腹には、二月目を迎えた嬰児(みどりご)が宿っていた。
後に桜河里桜と名付けられる御子(おこ)である。
桜の樹は、深緑の葉を揺らして、
祐里の帰りとまだ誰にも知られていない新しい生命の誕生を喜んでいた。
〈桜ものがたり・完〉