◇桜ものがたり◇
「光祐も祐里も、ここにいたのかね。
昼食会には、取引銀行の榛様とご子息をご招待しているから、
失礼のないように正装で、席に着きなさい。
そうだね、祐里は、振り袖を着るように。
紫乃、言い忘れていたが、お客様は、三名様だ」
旦那さまは、光祐さまと祐里の顔をしっかり見据えて告げる。
光祐さまと祐里が楽しそうに並んでいる姿は、
子どもの頃から少しも変わらず微笑ましく、
奥さまに反対された後の暗い気分が和(やわ)らぐように感じられた。
「はい、父上さま」
光祐さまは、台所に居たことで、
旦那さまからお叱りを受けるのではないかと一瞬たじろいだ。
「はい、旦那さま、畏まりました」
光祐さまと祐里は、旦那さまに返事をしつつ、顔を見合わせる。
「旦那さま、畏まりました。お客様は、三名様でございますね」
紫乃は、来客用の食器を納戸から出さなければと考えながら、
旦那さまに応える。
旦那さまは、満足して頷くと、書斎へと向かう。
「祐里さま、ここはもうよろしゅうございますから、
お支度をされてくださいませ」
紫乃は、内輪(うちわ)の昼食会だと思い込んでいたので、
怪訝な顔で、祐里を促した。
「はい、紫乃さん。後はよろしくお願いいたします」
祐里は、煮物の手を止めて、自室へと向かった。