◇桜ものがたり◇

昼食会は、晴れやかな榛家と、

 にこやかな旦那さまに対して、

 重苦しいお顔の奥さまと光祐さまに、

 訳が分からないままお雛さまのように

 ちょこんと席へ着いている祐里の三様の雰囲気で始まった。


 佳麗(かれい)な気品漂う奥さまの香色(こういろ)の留め袖姿と、

 祐里のたおやかな振り袖姿は、桜河家の応接間の調度品が惹き立て役に

 なるくらい一際艶やかに輝かせていた。


「ようこそ、いらっしゃいました榛様。

 妻の薫子です。長男の光祐です。

 それから、長女の祐里です」

 旦那さまが家族を紹介し、

 名前を呼ばれて会釈を返しながらも奥さまと光祐さまは、

 何時になく儀礼的な様子で、

 祐里は、二人が気になって、落ち着かない。


 会食慣れしているはずの奥さまや光祐さまのぎこちなさが、

 祐里にも伝わってくる。


「本日は、お招きに預かり恭悦至極に存じます。

 榛(はしばみ)恭一郎(きょういちろう)でございます。

 これが妻の千鶴子(ちづこ)でございます。

 それから、二男の文彌(ふみや)でございます。

 ちなみに長男の俊彌(としや)は、結婚して、

 敷地内に別の邸を構えております。

 この度は、文彌と祐里さまのご縁を賜りまして感無量にございます」

 榛恭一郎の挨拶が終わるとすぐさま、

 正面の席の文彌は、馴れ馴れしく声をかけてくる。

 

 祐里は、奥さまと光祐さまの様子ばかりが気になって、

 榛恭一郎の『文彌と祐里さまのご縁』を聞き逃していた。


「祐里さんは、振り袖がとても似合っているね。

 先日の晩餐会の時も美しかったけれど、今日は一段と美しい。

 惚れ惚れします」


「先日の晩餐会でございますか。

 気付きませず、申し訳ございませんでした」

 文彌は、祐里を凝視したまま、間髪を入れず次から次へ話しかける。


 祐里は、仕方なく受け答えをしながらも、

 文彌のパクパクと動く口元と鋭い眼(まなこ)にたじろいで俯いた。

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