◇桜ものがたり◇
桜の章
桜の樹
祐里の部屋の扉が軽やかに叩かれた。
祐里が「はい」と返事をして扉を開けた途端に、
華やかな薫子奥さまの笑顔が飛び込んできた。
「祐里さん、今し方電報が届いて、
光祐さんが春の休暇で、三年ぶりに帰っていらっしゃるの。
森尾と一緒に駅までお迎えに行っていただけるかしら」
貧血気味の奥さまは、透き通るような色白の肌の持ち主。
大切に育てられた薔薇のようなお方。
一人息子の光祐さまが帰省されるので、
あまりの嬉しさに色白の肌が上気して、頬が薔薇色に輝いて見えた。
「光祐さまがお帰りになられるのでございますか。
はい、すぐに参ります」
三年ぶりに帰省される光祐さま。
お便りのみの三年間は、長い冬のようで、
どんなにお会いしたかった事か……
祐里の心は、春の陽射しに包まれた。
「今夜は、光祐さんの好物を紫乃に揃えてもらいましょうね。
駅に行く途中に魚桜で特別なお魚を注文してくださいね。
森尾が玄関に車を廻していますからお願いします」
「はい、奥さま、畏まりました」
祐里は、お気に入りの桜色のワンピースに着替えて、
若葉色のカーディガンを羽織ると玄関へ急いだ。
玄関を出ると、
春の陽射しが光祐さまの帰りを祝すように祐里を包み込む。
祐里の長い黒髪と色白の肌に桜色のワンピースが映えて、
一足早い桜満開の雰囲気を辺り一面に醸し出した。