◇桜ものがたり◇
「森尾さん、お待たせいたしました。
先に、魚桜へお願いいたします」
奥さま専属運転士の森尾守は、祐里の出で立ちに目を細め、
後部扉を開けて車に招き入れた。
祐里は、車に乗りこみ、
光祐さまのいなくなったこの六年間に思いを馳せる。
淋しくても元気に振る舞い、少しでも光祐さまの代わりに、
旦那さまと奥さまが淋しくないようにと配慮した。
光祐さまの帰省が嬉しくて、涙が溢れそうになり、
何度も微笑みながら瞬きをして、
白いハンカチで目頭の涙を押さえる。
「祐里さま、ようやく、光祐坊ちゃまがお帰りでございますね」
森尾は、祐里の嬉し涙を察し、しばらくしてから声をかけた。
「はい、言葉にならないくらい嬉しゅうございます」
祐里は、満面の笑顔を森尾へ向ける。
森尾は、祐里の華やいだ気持ちを受けて、
桜川の土手沿いに車を快く走らせた。
途中で寄った魚桜では、店主が祐里の顔を見るなり、
活きのよい真鯛を掲げて見せた。
「光祐さまがお帰りでございますの」
祐里は、車の窓から顔を出して、店主に笑顔を向ける。
「それはそれは、祐里さま、お祝いでございますね。
すぐにお届けいたします」
店主は、鉢巻を締め直した。