◇桜ものがたり◇
花蕾
光祐さまと祐里は、紫乃の焼いたマドレーヌを持って、
東野邸へ森尾の車で向かった。
森尾夫婦は、紫乃から祐里の縁談話を聞いて、祐里を元気づけようと
車の後部座席に溢れんばかりの菜の花を飾って待ち構えた。
祐里は、森尾夫婦の心遣いの菜の花の香りに包まれて、
こころに春の陽射しが溢れる気分に浸る。
東野邸では、伯母の紗代子(さよこ)が光祐さまと祐里を迎えた。
「光祐さん、いらっしゃいませ。ますますご立派になられましたね。
祐里さん、いらっしゃいませ。この度は、大変でございますね」
紗代子は、光り輝く好青年の光祐さまと、
一歩後ろに立つ慎ましやかな祐里を見つめて相好を崩した。
紗代子は、娘の萌(もえ)と同じ年でありながら、
苦労して育っている祐里を不憫に思いつつも、
清らかに成長する祐里に好感を抱(いだ)いている。
「こんにちは、伯母上さま。ご無沙汰でございました。
この度は、母がお世話をおかけしております」
光祐さまは、丁寧に頭を下げる。
「こんにちは、伯母上さま。
ご心配をおかけして申し訳ございません。
紫乃さんのマドレーヌでございます。
どうぞ、みなさまでお召し上がりくださいませ」
祐里は、お辞儀をすると、菓子箱を紗代子へ恭しく差し出しす。
「ありがとうございます。
薫子さんがお待ちかねでございます。
さぁ、こちらへどうぞ」
光祐さまと祐里は、紗代子の案内で、明るい廊下を渡り、
奥さまが娘時代を過ごした南側の薔薇園に面した部屋へ通された。
廊下の窓からは、薔薇園の高貴な薔薇の香りがたち込めていたが、
薔薇の香りを愛でる気分ではなかった。
紗代子は、薫子の部屋の扉を叩いて、光祐と祐里を招き入れると、
気を利かせて部屋を辞した。