◇桜ものがたり◇

 奥さまは、薔薇に包まれた部屋で、深刻な顔をしていた。

「母上さま、

 父上さまが大層気になさっておいでで、代わりにご機嫌伺に参りました」

 光祐さまは、朝方別れたばかりの奥さまと

 もう随分の間、離れ離れになった気分に浸っていた。

 それほど、祐里の縁談話が心に重く圧し掛かっている。


「光祐さんと祐里さんのお顔を拝見したら、幾分気分がよくなりました。

 さぁ、お座りなさい」

 長椅子の中央に奥さまが座り、左右に光祐さまと祐里が座った。

 奥さまは、優しく祐里の手を取る。


「まぁ、祐里さん、元気のないお顔ですわね。

 心配しなくても、わたくしは、祐里さんを手放しはいたしません。

 もしもの時は、東野の邸へ、祐里さんを連れて帰る決心をしましたのよ」


「奥さま、ありがとうございます。

 そして、私のことでご心配をおかけして申し訳ございません。

 奥さまのお気持ちだけで、私はしあわせでございます」

祐里は、奥さまの厚意が嬉しくて潤んだ瞳を向ける。


「祐里さんが悪いのではなくてよ。

 この事はわたくしにお任せなさいね」

 奥さまは、祐里を抱き寄せると、愛おしさで胸がいっぱいになった。

 光祐さまを産んだ後にもう子どもができないと判り、

 その後に引き取った祐里に随分と慰められたことを思い出していた。

 まだ言葉を上手に発音できない三歳の祐里が

『おくさま』

 と屈託のない笑顔で呼びかけてくれ、どんなにこころが和んだことか。

 光祐さまは、妹ができたことで、一人っ子の我が侭を通すことなく

 思いやりのある優しい性格に育っていた。


「母上さまの里帰りを気にされて、

 父上さまは、榛様の事を詳しく調べてくださるそうです。

 調査結果が届けば、きっと父上さまにもご理解いただけると思います」

光祐さまは、今朝の旦那さまとのやり取りを詳しく説明する。

 説明しながら、祐里を手離したくない気持ちが、

 ますます昂まるのを感じた。


「結婚は、とても大切な事ですもの。

 可愛い祐里さんを簡単に嫁がせるなんて、わたくしにはできませんわ」

 奥さまは、突然の縁談話で、

 更に祐里のことが可愛く思えてならなかった。

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