◇桜ものがたり◇

 東野邸の一人娘である従妹の萌は、祐里と同い歳で、

 祐里が進学する女学校に小学部から通学している。


 萌は、西洋人形のように絢爛豪華で、欲するものは何でも与えられ、

 蝶よ花よと大切に育てられていた。


「光祐お兄さま、お久しゅうございます。

 お帰りを待ち侘びてございました。

 お会いできて嬉しゅうございます」

 薔薇園から庭師が摘んできた薔薇を花瓶に活けていた萌は、

 久しぶりに会う光祐さまに瞳を輝かせる。

 物心着いたときから、光輝く光祐さまと会う度に

 萌の恋心は花開いていた。


「こんにちは、萌。綺麗になったね。

 春からは、祐里も同じ女学校に通うから、仲良くしておくれ」

 光祐さまは、笑顔で話しかけ、

 萌は、光祐さまを見上げて、

 薔薇の花が霞んで見えるほどの麗しい笑みを返す。

 萌は、自身をより美しく見せるしぐさを自然に身に付けていた。


「こんにちは、萌さま。

 どうぞよろしくお願い申し上げます。

 萌さまとご一緒できまして嬉しゅうございます」

 祐里は、光祐さまの後ろで丁寧にお辞儀をする。


 祐里の声とともに萌の笑顔が一瞬陰る。

 萌は、子どもの頃から、祐里が苦手だった。

 祐里は、いつも光祐さまの横にいて、しあわせそうに微笑んでいる。

 慎ましいのに華やぎがあり、自然に周囲の関心を集めていた。

 子どもの頃から、祐里にだけ分かる嫌がらせをしても、

 少し困った顔をするだけで、何事もなかったかのように

 優しく接する祐里に、居心地の悪さを感じていた。

 そして、何よりも、唯一の従兄である大好きな光祐さまが、

 祐里に向ける優しいまなざしに嫉妬を覚えていた。

 萌は、祐里に縁談の話が持ち上がったことで

(早く嫁いでいなくなればいいのに)

 と、強く念じていた。

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