◇桜ものがたり◇
一方、旦那さまの会社には、
早速、榛家からの婚約申し出の書状が届いた。
旦那さまは、気の早いものだと苦笑しながら執事の遠野を呼び、
至急、榛文彌の身辺調査を依頼するように命じる。
それから、仕事に取りかかろうと、椅子に腰かけ、
今朝の支度を手伝ってくれた祐里の手際のよさに頭を巡らせた。
祐里が『旦那さま、どうぞ』と
上着を着せかけてくれた瞬間、しあわせを纏った気分になった。
「本当に愛らしい娘に育ったものだ」
旦那さまは、上着に触れて思わず呟く。
祐里がいなくなったお屋敷の静寂を想像し、
慎ましく愛らしい声が聞こえなくなると思うと、
しみじみとした寂しさが込み上げてくる。
おかしなことに祐里を嫁に出すのが惜しいとさえ思えてきた。
そして、首を振り
「まだ嫁ぐまでに三年はあるのだから」
と、自分に言い聞かせて、机の上に積まれた書類へ目を移した。