◇桜ものがたり◇
その夜、 東野圭一朗は、奥さまを諭した。
「薫子、桜河に嫁に出たのだから、
何があろうと東野の家に戻って来るとは、承服しかねる。
啓祐君に従うのが妻の務めだろう。
しかし、私も母上も実のところ、内心では喜んでおる。
戻ってきたからには、二、三日ゆっくりしていきなさい」
圭一朗は、厳しく諭しつつも、
奥さま可愛さから口調が和らぐの抑えきれない。
「ありがとうございます、父上さま。
今まで旦那さまに添うことがわたくしの務めと精進して参りました。
でも、桜河電機のためにと、祐里さんの縁組をなさる旦那さまには、
同意できかねます。
そのような冷たいお心の御方とは思いませんでした」
奥さまは、旦那さまの頑なさに溜息を吐く。
「啓祐君も経営者の風格が出てきたということだ。
経営者たる者は、まず会社の利潤を最優先して考えるものだからね。
薫子と啓祐君の縁組にしても、先代の詠祐(えいすけ)さんとは、
意気投合して縁組を約束したが、東野地所・桜河電機相互の
それなりの利潤を考えてのことだった。
しかし、薫子が母親の立場で、祐里を大切に思っているように、
私は、光祐や萌と同様に、祖父として、祐里を愛(いと)おしく思っている。
いざという時は、私が祐里を引き受けよう」
圭一朗は、相好を崩す。
「父上さま、ありがとうございます」
奥さまは、厳しい顔の裏に隠された父・香太朗の優しさに包まれて、
久しぶりに娘時代に戻った気分になり、父へ抱きついた。
香太朗は、いくつになっても可愛い愛娘を力強く抱きしめる。
翌日の夜、
旦那さまは、奥さまを迎えに行き、義父・圭一朗へ頭を下げる。
奥さまは、調査報告書が届くまでの間、
休戦を宣言してお屋敷に戻ることにする。