◇桜ものがたり◇

 光祐さまは、心がすっきりとしないながらも、

 できる限り祐里を側に呼んで、二人の時間を大切に過ごした。


 夜明けとともに、紫乃が丹精込めて作っている畑の水撒きに出かけると、

 光祐さまは、如雨露(じょうろ)の水を大きく振り回し、

 朝日に煌(きらめ)く雫(しずく)の宝石を纏(まと)う祐里の美しさに

 しばし見惚(みと)れていた。


「光祐さま、冷とうございます」

 祐里は、髪を伝う雫を手の甲で受けて困った顔をして微笑む。


『ぼくは、絶対に祐里を守るからね』

 という光祐さまの力強い言葉を信じて、

 祐里は、光祐さまに寄り添ってしあわせな時間を噛み締めていた。


「ごめんよ、祐里。さぁ、拭いてあげよう」

 光祐さまは、祐里を引き寄せ、祐里の香りに包まれる。


「ありがとうございます。光祐さま」

 光祐さまは、手拭いで水滴を拭きながら、

 祐里と共有するしあわせの時間を感じていた。

 祐里は、光祐さまに見守られて、ますます美しく輝く。


 日本庭園の池では、祐里が側に寄るだけで、鯉が餌を催促して集まり、

 その頭上には、小鳥が集い、可愛い音色で囀っていた。


 光祐さまは、小学生の頃に、祐里と散歩の途中で、

 野犬に出遭った時のことを思い出していた。

 牙を鳴らして跳びかかろうとする野犬に、祐里は、手を差し出して、

 手懐けた事があった。


 光祐さまは(祐里は、本当に万物(ばんぶつ)から好かれるものだ)

 と感心して、祐里の無邪気な横顔を見つめていた。


 その二人の楽しそうな様子を奥さまはお屋敷の窓から、

 紫乃は台所の窓から、微笑ましく見守っていた。


 桜河のお屋敷には、

 光祐さまと祐里の若々しい華やいだ声が満ち溢れていた。

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