◇桜ものがたり◇

 五日後、

 旦那さまのところへ、

 榛(はしばみ)文彌に関する調査報告書が届けられた。


 この日は、偶然にも、

 光祐さまの十八歳の誕生日に当たる三月三十一日で、

 光祐さまにとって素晴らしい誕生日の贈り物となった。


 調査報告書には、文彌の大学時代から現在に至るまでの女性関係が、

 延々と綴られていた。


 旦那さまは「これでは、祐里が苦労する事になる」と溜め息を吐き、

『祐里を大切にして、本当にしあわせにしてくれるのですか』

 という光祐さまの言葉を思い出す。


 旦那さまは、すぐに榛家へ、婚約を断る旨の書状を書き送った。

 
 榛家からは、その後も、再三の申し出があったが、

 旦那さまは断固として断った。


 奥さまと光祐さまは、手を取り合って喜んだ。

 そして、当の祐里がどんなに喜んだことか。

「祐里、私に任せてくれた縁談は、すまないがなかったことにしておくれ。

 考えてみれば、祐里は桜河の家に縛られずに、

好きな男性へ、自由に嫁ぎなさい。

 だが、もう少しその可愛いらしい笑顔を私たちの側で見せておくれ」

 旦那さまは、祐里を抱き寄せる。

祐里の安堵した笑顔を見ると、女としてではなく娘として愛おしさが増した。


「はい、旦那さま。ありがとうございます。

祐里は、しあわせものでございます」

 祐里は、旦那さまの大きな広い胸に抱えられて安らぎを感じていた。


「今度のことで、私も薫子も祐里を嫁に出すのが少々惜しくなった。

祐里より先に光祐の嫁を考えるべきだったね。

光祐は、大学を卒業するまでには、

 お相手の娘さんを決めなければなるまい。

薫子も候補の娘さんを気に留めておくように。

光祐は、本日で十八歳になったのだから、

そろそろ桜河家の後継ぎとしての自覚を持ちなさい。

 光祐には、桜河家の嫁として、

 相応な娘さんを見つけなければならないからね。

 祐里も光祐の許婚者が決まった時には、仲良くしておくれ。


 今夜は、盛大に光祐の誕生祝いと大学の入学祝いをするとしよう」


「はい、畏まりました。旦那さま」

「はい、父上さま。ありがとうございます」

「はい、旦那さま」

 こうして一先ず、祐里の縁談は白紙に戻り、

 旦那さまは、上機嫌で、

 今度は、光祐さまに矛先(ほこさき)を向けた。


 奥さまと光祐さまは、安堵して祐里に優しい笑顔を向け、

 桜河のお屋敷は、温かな空気に包まれていた。

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