◇桜ものがたり◇
土曜日の放課後、
貸し切りの銀杏亭は、制服姿の男子学生と女子学生の華やいだ声で、
賑わっていた。
「また、会えたね。
鶴久柾彦(つるくまさひこ)です。
どうぞ、よろしく」
先日の図書館で出会った方が、優しい微笑を湛えて、
真っ直ぐに祐里を見つめている。
祐里は、賑やかな会場が一時的に静寂に包まれたような錯覚に陥った。
「先日は、ありがとうございました。
榊原祐里と申します」
図書館では、ドキドキして、
お礼の言葉が言えないまま立ち去ってしまったけれど、
本日は、級友たちと一緒ということで心強く、
祐里は、落ち着いて挨拶ができた。
「柾彦さま、祐里さまとお知り合いでいらしたの」
杏子が興味深げに話に割りこむ。
「先日、図書館で会ったばかりだよね」
柾彦が、祐里に相槌を求める。
「ええ、鶴久さまに高い書架から本をお取りいただいて」
祐里は、図書室の場面を思い出していた。
「柾彦さまは、鶴久病院の御曹司で、なかなか昼食会にお誘いしても
来てくださらない方なのよ。
それが珍しく来てくださり、祐里さまをご存じだとは、
まぁ、祐里さま、ご縁ですわね。
柾彦さまはお目が高い。
祐里さまは、昼食会に初登場の桜河のお屋敷のお嬢さまです」
杏子は、二人を仲人のように紹介すると、意味ありげな笑みを残して、
次の席へ移動して行った。