◇桜ものがたり◇
旦那さまのお供で行った美術館で、柾彦との縁はすぐに訪れた。
取引先の方と偶然に会った旦那さまが、談話室で、挨拶をしている間、
祐里は、気を利かせて、中庭へ足を向けた。
新緑に包まれた中庭は、きらきらとした陽射しが水玉模様を作り、
初夏の陽気を振り撒いていた。
大きな庭石の前で、柾彦は、祐里へ笑顔を向けて佇んでいた。
「姫、また会えたね。
偶然に会えるなんて、やはり縁があるんだね」
柾彦は、『縁』を強調する。
「まぁ、鶴久さま。こんにちは。奇遇でございますね」
祐里は、偶然の再会に驚きながら、笑顔でお辞儀する。
柾彦の笑顔は、青空そのものだと感じる。
「柾彦でいいですよ。
制服の姫も美しいけれど、今日のワンピースは、とてもよく似合って、
眩しいくらいです」
祐里の白いレースのワンピースが、五月の新緑を背景に、
陽射しを浴びて純白に輝いていた。
首元には、光祐さまから贈られた桜の花の首飾りが揺れている。
「お褒めいただきましてありがとうございます。
柾彦さまは、おひとりでございますか」
祐里が話すたびに長い黒髪が風に揺れ、陽射しにきらきらと輝いて、
柾彦の視線を釘付けにする。
「母のお供です。
少々退屈していた時に、姫をみかけて、中庭に出てきたところだけれど、
姫は、誰と来ているの」
柾彦は、周りを覗った。
祐里の連れらしい人物は見当たらず、
柾彦は、天から降ってきた幸運に感謝していた。