◇桜ものがたり◇

「柾彦さま、私は、姫ではございません。

 旦那さまのお供で参りました。

 旦那さまは、お知り合いの方とお会いして、ご挨拶なさってございますの」

 祐里は、柾彦から「姫」と呼ばれて、恐縮する。


「桜河家ともなると、父上のことを旦那さまって呼ぶのだね」

 祐里は、返事に窮して、質問へは答えずに、話題を変えた。


「お母さまは、おひとりで大丈夫でございますの」

 美術館という公共の場で、男性の柾彦と、親しく二人だけで、

 話をするのは、憚(はばか)られた。


「お話好きの伯母と一緒だから大丈夫だよ。

 桜河の旦那さまに挨拶しておこうかな。

 鶴久病院とのお近づきもお願いしたいし」

 祐里は、旦那さまへ、柾彦をどのように紹介すべきなのか

 思いあぐねて困惑する。


「柾彦さま、突然にそのようなことをおっしゃられても困ります」

 祐里は、真顔で答える。

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