◇桜ものがたり◇
桜川駅前に店を構える者たちが店先へ出て、
駅前広場に佇む光祐さまへお辞儀する。
光祐さまは、手を振って応え、祐里は、一歩後ろでお辞儀を返した。
「祐里、桜川を散歩しながら帰ろう」
光祐さまは、駅前の道路を横切って、祐里を振り返ると、
川沿いの小路(こみち)へと先に歩き出す。
「はい、光祐さま」
祐里は、光祐さまの広い背中を見つめながら、一歩後ろをお供する。
光祐さまの仕立ての良い濃紺の上着は、
春の陽射しを受けて、光り輝いて見えた。
祐里は、眩しく感じながらも、その背中から目を離せずに、
しあわせを味わっていた。
「祐里、綺麗になったね。驚いたよ」
光祐さまは、三年のうちに少女の殻を脱いで、
女性の衣を纏い始めた祐里の変化にしばし見惚れていた。
小枝のような姿態は、女性らしい丸みを帯び始め、
肌は絹のようにしなやかな美しさを放っていた。
振り向いた光祐さまのまなざしを浴び、
祐里の胸はお褒めの言葉に、どきどき、頬が桜色に染まっていく。
「光祐さまは、ご立派になられました」
祐里は、凛々しい光祐さまの姿に見惚れたまま、
夢見心地でそれだけ口にするのがやっとの想いだった。
光祐さまは、祐里の瞳を独占していることに満足して頷くと、
祐里の手を取り、新芽の出始めた黄緑色の川の土手を駈け降りる。