◇桜ものがたり◇

「榛様、柾彦さまに失礼でございます。

 お話は、旦那さまがお断り申し上げた筈でございます。

 このような事をなされては、御家の恥ではございませんの」

 祐里は、柾彦の盾に気を取りなおすと、毅然とした態度で言い返した。


「君に恥などと言われたくないね。

 黙って僕の女になればいいものを」

 文彌は、祐里の言葉に血相を変えて、柾彦へ勢いよく掴みかかる。


「姫を侮辱する失礼な野獣などは相手にしないで、

 さぁ、姫、大広間に戻りましょう」

柾彦は、文彌を無視して祐里を促した。


 このままだと文彌に殴りかかってしまいそうだった。


(確か鶴久病院は、榛銀行から融資を受けていた筈だった。

更に学生の身で、大人の文彌と騒ぎを起こしては、

 鶴久病院の名を汚すことになる)

 と、瞬時に頭の中で、建前を思い巡らせている自分に気付いて、

 自己嫌悪に陥る。

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