◇桜ものがたり◇
祐里の長い髪がそよ風に揺れて、光祐さまの身体へ寄り添った。
一面の菜の花で覆われた川原は、ひらひらと紋白蝶が飛び交い、
春の陽射しと若草の匂いが満ちて、長閑な時間(とき)を奏でていた。
澄んだ桜川の水面は、静かなせせらぎの中に、
きらきらとした陽射しの水玉模様を描いていた。
光祐さまは、力強く祐里の手を引いて歩き、
祐里の心は、ぽかぽかと温かくなる。
「いつも、祐里とこうして散歩したね。
いつの間にか日が暮れて、母上さまが心配なさって叱られたよね」
光祐さまは、ぬかるむ川原の径(こみち)を注意して歩きながら、
祐里の足元に気を配り、優しい眼差しを向ける。
「はい、光祐さま。懐かしゅうございます」
祐里は、真っ直ぐに光祐さまを見つめて返事をしながら、
光祐さまと一緒にいると何時の間にか時間が過ぎてしまい、
気が付くといつも暗くなっていたのを思い出していた。
どれほど暗くなろうとも、
光祐さまが手を引いてくだされば全然怖くはなかった。